The Masterplan 29
カテゴリ: The Masterplan / テーマ: 二次創作:小説 / ジャンル: 小説・文学
Chapter : 29
イタリアから帰国までとそれからの温泉直行で心身共に疲弊する週末から1ヵ月。
先日、類が結婚の挨拶にとあたしの実家に来てくれた。
類には予備知識として牧野家はとても小さな家...と言うかアパートの1室であるということ、その広さは2LDKと言う狭い空間であることは説明していたのだけれど、部屋そのもの以前に、アパートの外観を見て類は絶句。暫く動けなかったほど。
それは類の想定の域を超えた民家だった模様。
部屋に入ってからもその天井の低さと、古びた壁や畳に息を飲んでいた。
後に類はこれが衝撃過ぎて、緊張していた彼女の親との初対面&結婚の挨拶はスラスラと喋れたと言っていた。
実際、類は何も臆することなくあたしの両親に挨拶をし更には談笑をし香りの「か」の字も無いような煎茶を飲み、母の手作り夕食まで一緒に食べたのである。
両親はあたしが連れて来た花沢物産の御曹司に腰が抜けるほどに驚き、そして小躍りする勢いで玉の輿だと浮かれたものだから、弟の進に厳しく注意されていた。
両親が小躍りするところまでは想像が出来ていたので、これは事前に類に話をしていたので類は想定内だと笑っていたし、玉の輿発言は全く気にならないから気にしないでと進にまで気遣いをしてくれるという出来た男ぶり。
愛想の欠片も無く挨拶もろくに出来ない金持ちの我儘ボンボン...等々、悪口を言っていた過去のあたしがこの事実を知ればどんな反応をするだろうか?
自分自身の事なのに想像が出来ない。
腰を抜かすとか絶句するとか時が止まるとかその程度では無い事は確かである。
そんな、あたし的には最大のウィークポイントでも言うべき両親の紹介も済んで、あたしは類のマンションへ引っ越しを済ませ同棲開始。
「俺、自分が他人と暮らすなんて絶対無理だと思ってたけど、そもそも牧野とは初めから同じベッドで寝るの嫌じゃ無かったんだよな」
感慨深げに二人の初めての夜(←)を思い出す類に、今まであんな機会...つまり酔った女性が眠ってしまう...(振り)なんて言うシチュ、類には何度もあったであろうに、どうしてあの夜あたしに限って連れて帰ったのかと聞いてみる。
「秘書としては茶を淹れてくるだけのド新人素人だと思ってたのに、あの会食の席での牧野が秘書として良い働きだったから」
やはり失礼な物言いの類によると、それまであたしの秘書としての能力については考えた事も無く、だから全く期待もしていなかったのに、あの会食の席でのあたしのフォローが抜群で見直したのだと言う。
まさかあの日、そんな風に思っていてくれたなんて...どうしてもっと早く言ってくれなかったのか。
「いやだって、それどころじゃ無かっただろ俺たち」
確かにそうだけど。
「え? それであたしをここに連れ込んだのに何の関係が?」
「だから、俺の悪口ばっかり言ってる新人秘書の意外な一面を見て?」
「......」
これを言わるとどうしても口を噤んでしまうあたしだけど、悪口の一つ二つ、三つは言いたくなるほどの男だったのも事実なので、この件をいちいち持ち出されるのは少し不服でもある。
「俺の悪口を言ってる女がどんな仕事をするのか興味あったよ」
「...ヘマでもしたら嫌味でも言うつもりでいたの?」
少し拗ねたように言えば、「そんなことは考えなかったな」と笑われる。
「誰かに...興味を持つ自分が初めてだったから......」
伸びて来た類の長い指の先があたしの髪を一つ梳くってサラサラと流す。
誰の事もどうでも良くて気にもならなかったのに、あたしがどんな風に話をしたり笑ったりするのか見てみたかったなんて言うから思わず頬が熱を持つ。
「別に抱こうと思って連れ帰ったわけじゃ無いのは前にも話しただろ」
「うん......」
「でも...車の中で俺に凭れかかって眠る牧野の寝息がね...なんか...」
「え?」
「俺も男なんだなあって、生まれて初めて自覚したよ」
クスクスと笑う類は楽しそうにあたしの髪を撫でる。
その微笑みも仕草にも最近は余裕が出た来たように思う。
イタリア旅行から戻って来た辺りからか...落ち着いた雰囲気がにじみ出ているのだ。
「今夜は外食にしない?」
カジュアルフレンチのお店を予約しようと思っているのだと類は微笑む。
断る理由は無い。
それに類が予約してくれるお店は秘書スタイルのあたしでも入りやすいお店ばかり。
「そう言えば類ってお洒落なお店色々知ってるよね」
「ん? 」
ホテルや商業施設のレストランではなく、知る人ぞ知るって感じの路地裏のカジュアルフレンチだったり、家庭的なイタリアンや民家をリノベーションした創作和食だったり.....。
これまで連れて行ってもらったお店はどこも素敵だった。
帰国して1年にも満たないし、そもそも食にも興味が無さそうだったのに意外であると言えば、「俺だって女を口説こうとしてるんだから、それぐらい調べるんだよ」と更に意外な応えが返って来る。
「類が自分で調べたの? ネットとかで?」
「まあ...それもあるけど...」
言いずらそうな類を見つめると、少し拗ねたように目を逸らして、「総二郎に聞いたりだよ」と。
どうやら今まであたしを連れて来た数々のお店の9割は西門さんに紹介してもらったらしい。
「総二郎は女とのデートが日々の生きる糧なんだ」
だから食事処にも詳しいのだと類は言う。
女性とのデートが日々の生きる糧とは言い過ぎでは無いかと言うあたしに、まだあたしは西門さんの事を知らないからそんな呑気な事が言っていられるのだと類の言葉は厳しい。
彼は現代のドンファンだと。
確かに西門総二郎氏についてはモテモテのモテ男であるという事は有名な話である。
道明寺も西門さんと美作さんについては女好きで手が早いみたいなことを言っていたと思い出す。
「美作さんもモテるんだよね?」
「あきらはトラウマ持ちの年上女好き」
「え? トラウマ?」
母親が少女趣味で年の離れた双子の妹が二人いる事もあって、自分より年上の女性にしか興味が持てなくなっているのだと不憫そうな目をする類。
そんな風には見えなかったけど...分からないものである。
「そう言えば、週末は二人に誘われてるんだ」
ハッと思い出したような類は一瞬面倒そうな表情で、どうする?とあたしの顔を見る。
あたしも一緒に誘われているのだと言う。
それならばあたしとしては先日の事もあるのでぜひともお二人にはお会いしてお詫びと言うか......。
「あぁ...泣いて取り乱したこと?」
それなら気にするなと言う類に、泣いて取り乱していた!?そんなに!?と驚く。
自分自身ではちょっとパニックと言うか急に怖くなって動揺から少し泣いてしまった程度だと思っていたあたしは、もしそうなのであればお詫びどころか会って顔を合わせる事すら恥かしい。
「あきらが96年のペトリュス開けるって」
恥ずかしさが一瞬で消え去る。
ペトリュスとはボルドーの高級赤ワインである。
「興味出た?」と笑う類にとっても、彼等にとっても、1本数十万はするワインは珍しいものではないらしい。
「行こうかな」
「牧野ってすぐ飲み食いに釣られるから心配だな」
「あたしのこと食い意地はってるみたいに言わないで」
「実際はってんじゃん」
「失礼ね!」
フンとしてみたものの、美味しい食事に美味しいワイン、そして美味しいスイーツ......ここ数ヵ月で類はあたしを飼い慣らしてきた感がある。
良く胃袋を掴んだ的な表現を恋愛面では聞くけれど、まさにあたしはそうなのかもしれないとさえ思う。
「牧野がワイン好きだと知った時は嬉しかったよ」
初めてのデート?を思い出して笑う類のそれは、あたしが恋を自覚したあの笑顔で、まさかあの初デートの夜に既にあたしが類に恋に落ちていたなんて類は知るよしもない。
「あ...そう言えば...1階のワインショップって類がプロデュースしたお店だったんだね」
あたしがお気に入りで利用していると話した時に、それならそうと言ってくれたら良かったのに...と言えば、いちいち言う事でも無いからなんて...こんなところは控え目なんだよね。
そしてそんな控え目の類は今年初めてあのトスカーナのワインを販売した。
それは社内のみで試飲販売。
「類様のワインは完売だって。さすがだよね」
あの1階のワインバーには行列が出来た。
当初は無料試飲で適当に感想を貰えたら良いと言っていた類。
でも、せっかく感想を貰うならば試飲販売にしてみたらどうかと提案したのはあたし。
それもそうかな...とちょっと考えている様な雰囲気だった類は、数時間後にはワインに貼るラベルにアンケートサイトに飛ぶQRコードを作成していた。
そしてこのアンケートの返信率が高かった。
売れ行も良かったけれど返信率も良いなんてさすが類様のワインだとあたしは思う。
「オーガニック栽培に拘って良かったな」
手応えのあるSurveyに嬉しそうな類に、オーガニックだとか手摘みとか...確かにそれはそれで凄いけれど、類様のワインならなんだって完売、好評だったと思うと言うあたしに、「アンケートを勧めてきたのは牧野なのに何それ?」と不服そう。
でもここは真実を言うしかない。
「そのアンケート結果はあまり参考にならない」と。
「どういう意味さ?」
多少かわいそうだとは思う。
しかしあたしは言わなければならない。
秘書としても恋人としても。
「だって花沢専務の人気って凄いですもん」
「は?」
「長く続いていた派閥争いも、まさかのポッと出の花沢専務派によって終わりを迎えたのよ」
「はあ?」
我社に派閥争いがあったなんて聞いた事も無いと言う類に、我社の人間関係に誰よりも興味も関心も無かったから知らないだけでしょうと真顔で応えれば、少し絶句気味に言葉も無い様子である。
「大体なんだ、その...ポッと出って」
急に湧いて出て来たみたいな言い方をするなと睨んでくるけれど、ただただイケメン金持ちイケボの高身長と女性社員にキャッキャされていただけの控え目な御曹司様が、突然社員の意見を反映するかのような労働改革の指揮を執り、加えて仕事の効率化を重視したシステムの構築にアプリ開発。
「新勢力と言うか、新星力とか言われちゃって...」
最近では社報に寄せられた質問にも自ら回答をしたりもしているし、相談があれば社内の小さなプロジェクトにもアドバイスをしているし......。
「とにかく今は花沢専務派が最大派閥で向かうところ敵なし状態なの」
「どーでもいーよ」
呆れたように言う類に「どうでも良くないよ」とピシャリ。
「次期社長として大きな期待を掛けられてるんだからね」
「......」
「最大派閥の長としてしっかりね」
「......牧野ってそんな社内の政治に興味あったんだね」
「秘書課の必須だから」
「マジ?」
「マジ、です」
そんな事も知らんのかと言う思いで類を見てしまうのは仕方ないと思う。
秘書なんてそんなもの。
それが重役秘書ともなれば重要事項なのである。
正直言えば今までのあたしはまるでそんなものには興味が無かった。
今は類が類らしく仕事が出来る環境作りとして社内のパワーバランスにも目を光らせているのだ。
「これまでの俺は牧野の言う通り、日常生活を送る上で何にも興味も関心も無かったな」
ただ毎日を過ごして、与えられた仕事を卒なく熟していればそれで良かったから、周囲の事も自分の事もどうでも良いような気持ちでいたと類は続ける。
「でも今はいろんなことに興味があるよ」
微笑む類にあたしも微笑み返す。
「良い事だね」と。
「なんで興味あるかは聞かないの?」
「え?なんで?」
自分や誰かや物事に興味や関心を持つ事は大切だし良い事だねと言ったあたしは、類からの意外な返しに戸惑う。
「牧野が見ている世界を俺も知りたいからだよ」
「あ、あたしが見ている...世界...?」
類よりはるかに小さな世界しか見てきていないあたしの見ている世界なんてたかだか知れている。
何を言い出すのだと驚愕の面持ちで類を見てしまう。
「俺はその牧野が見ている世界の全てを感じたいんだ」
「......」
今度はあたしが絶句気味に言葉に詰まる。
そんな大層な世界をあたしは見ていないのだが......。
むしろどう考えても大きな世界を生きてきたのが類で、そこにいるのも類で、その世界をあたしに見させてくれているのが類。
「類...あたしの世界なんてちっぽけで安い世界だよ」
フッ......フフッ...アハハハハハハハ...!
「真面目な話をしていたつもりなんだけどな」と笑いを始めた類は、ついにはお腹を抱えてどう云う訳か爆笑。
類と親しくなって知った事の一つ。
笑いのツボが微妙。
しかも笑い上戸(引くほどの)
爆笑する類を見つめながら思う事はいつも同じこと。
あたし、幸せだな。
「全然、安くないよ」
まだクックッ...と笑いながら類がそう言ってあたしの頬を撫でる。
小さなキスが小さな音を立てて世界にこだまする。
「この世界は宝物だよ」
類の笑顔が綺麗で、これがあたしの宝物だと確信する。
「お金で買えないものだよ」
抱き寄せられて囁かれたその一言に、あたしのちっぽけで安上がりの世界が急に大きく広がって跳ねるように色を増していく感じ。
ちょっぴり泣いてしまうあたしとは対照的な類の笑顔が神々しくて、これこそお金で買えないものだとあたしは思った。
イタリアから帰国までとそれからの温泉直行で心身共に疲弊する週末から1ヵ月。
先日、類が結婚の挨拶にとあたしの実家に来てくれた。
類には予備知識として牧野家はとても小さな家...と言うかアパートの1室であるということ、その広さは2LDKと言う狭い空間であることは説明していたのだけれど、部屋そのもの以前に、アパートの外観を見て類は絶句。暫く動けなかったほど。
それは類の想定の域を超えた民家だった模様。
部屋に入ってからもその天井の低さと、古びた壁や畳に息を飲んでいた。
後に類はこれが衝撃過ぎて、緊張していた彼女の親との初対面&結婚の挨拶はスラスラと喋れたと言っていた。
実際、類は何も臆することなくあたしの両親に挨拶をし更には談笑をし香りの「か」の字も無いような煎茶を飲み、母の手作り夕食まで一緒に食べたのである。
両親はあたしが連れて来た花沢物産の御曹司に腰が抜けるほどに驚き、そして小躍りする勢いで玉の輿だと浮かれたものだから、弟の進に厳しく注意されていた。
両親が小躍りするところまでは想像が出来ていたので、これは事前に類に話をしていたので類は想定内だと笑っていたし、玉の輿発言は全く気にならないから気にしないでと進にまで気遣いをしてくれるという出来た男ぶり。
愛想の欠片も無く挨拶もろくに出来ない金持ちの我儘ボンボン...等々、悪口を言っていた過去のあたしがこの事実を知ればどんな反応をするだろうか?
自分自身の事なのに想像が出来ない。
腰を抜かすとか絶句するとか時が止まるとかその程度では無い事は確かである。
そんな、あたし的には最大のウィークポイントでも言うべき両親の紹介も済んで、あたしは類のマンションへ引っ越しを済ませ同棲開始。
「俺、自分が他人と暮らすなんて絶対無理だと思ってたけど、そもそも牧野とは初めから同じベッドで寝るの嫌じゃ無かったんだよな」
感慨深げに二人の初めての夜(←)を思い出す類に、今まであんな機会...つまり酔った女性が眠ってしまう...(振り)なんて言うシチュ、類には何度もあったであろうに、どうしてあの夜あたしに限って連れて帰ったのかと聞いてみる。
「秘書としては茶を淹れてくるだけのド新人素人だと思ってたのに、あの会食の席での牧野が秘書として良い働きだったから」
やはり失礼な物言いの類によると、それまであたしの秘書としての能力については考えた事も無く、だから全く期待もしていなかったのに、あの会食の席でのあたしのフォローが抜群で見直したのだと言う。
まさかあの日、そんな風に思っていてくれたなんて...どうしてもっと早く言ってくれなかったのか。
「いやだって、それどころじゃ無かっただろ俺たち」
確かにそうだけど。
「え? それであたしをここに連れ込んだのに何の関係が?」
「だから、俺の悪口ばっかり言ってる新人秘書の意外な一面を見て?」
「......」
これを言わるとどうしても口を噤んでしまうあたしだけど、悪口の一つ二つ、三つは言いたくなるほどの男だったのも事実なので、この件をいちいち持ち出されるのは少し不服でもある。
「俺の悪口を言ってる女がどんな仕事をするのか興味あったよ」
「...ヘマでもしたら嫌味でも言うつもりでいたの?」
少し拗ねたように言えば、「そんなことは考えなかったな」と笑われる。
「誰かに...興味を持つ自分が初めてだったから......」
伸びて来た類の長い指の先があたしの髪を一つ梳くってサラサラと流す。
誰の事もどうでも良くて気にもならなかったのに、あたしがどんな風に話をしたり笑ったりするのか見てみたかったなんて言うから思わず頬が熱を持つ。
「別に抱こうと思って連れ帰ったわけじゃ無いのは前にも話しただろ」
「うん......」
「でも...車の中で俺に凭れかかって眠る牧野の寝息がね...なんか...」
「え?」
「俺も男なんだなあって、生まれて初めて自覚したよ」
クスクスと笑う類は楽しそうにあたしの髪を撫でる。
その微笑みも仕草にも最近は余裕が出た来たように思う。
イタリア旅行から戻って来た辺りからか...落ち着いた雰囲気がにじみ出ているのだ。
「今夜は外食にしない?」
カジュアルフレンチのお店を予約しようと思っているのだと類は微笑む。
断る理由は無い。
それに類が予約してくれるお店は秘書スタイルのあたしでも入りやすいお店ばかり。
「そう言えば類ってお洒落なお店色々知ってるよね」
「ん? 」
ホテルや商業施設のレストランではなく、知る人ぞ知るって感じの路地裏のカジュアルフレンチだったり、家庭的なイタリアンや民家をリノベーションした創作和食だったり.....。
これまで連れて行ってもらったお店はどこも素敵だった。
帰国して1年にも満たないし、そもそも食にも興味が無さそうだったのに意外であると言えば、「俺だって女を口説こうとしてるんだから、それぐらい調べるんだよ」と更に意外な応えが返って来る。
「類が自分で調べたの? ネットとかで?」
「まあ...それもあるけど...」
言いずらそうな類を見つめると、少し拗ねたように目を逸らして、「総二郎に聞いたりだよ」と。
どうやら今まであたしを連れて来た数々のお店の9割は西門さんに紹介してもらったらしい。
「総二郎は女とのデートが日々の生きる糧なんだ」
だから食事処にも詳しいのだと類は言う。
女性とのデートが日々の生きる糧とは言い過ぎでは無いかと言うあたしに、まだあたしは西門さんの事を知らないからそんな呑気な事が言っていられるのだと類の言葉は厳しい。
彼は現代のドンファンだと。
確かに西門総二郎氏についてはモテモテのモテ男であるという事は有名な話である。
道明寺も西門さんと美作さんについては女好きで手が早いみたいなことを言っていたと思い出す。
「美作さんもモテるんだよね?」
「あきらはトラウマ持ちの年上女好き」
「え? トラウマ?」
母親が少女趣味で年の離れた双子の妹が二人いる事もあって、自分より年上の女性にしか興味が持てなくなっているのだと不憫そうな目をする類。
そんな風には見えなかったけど...分からないものである。
「そう言えば、週末は二人に誘われてるんだ」
ハッと思い出したような類は一瞬面倒そうな表情で、どうする?とあたしの顔を見る。
あたしも一緒に誘われているのだと言う。
それならばあたしとしては先日の事もあるのでぜひともお二人にはお会いしてお詫びと言うか......。
「あぁ...泣いて取り乱したこと?」
それなら気にするなと言う類に、泣いて取り乱していた!?そんなに!?と驚く。
自分自身ではちょっとパニックと言うか急に怖くなって動揺から少し泣いてしまった程度だと思っていたあたしは、もしそうなのであればお詫びどころか会って顔を合わせる事すら恥かしい。
「あきらが96年のペトリュス開けるって」
恥ずかしさが一瞬で消え去る。
ペトリュスとはボルドーの高級赤ワインである。
「興味出た?」と笑う類にとっても、彼等にとっても、1本数十万はするワインは珍しいものではないらしい。
「行こうかな」
「牧野ってすぐ飲み食いに釣られるから心配だな」
「あたしのこと食い意地はってるみたいに言わないで」
「実際はってんじゃん」
「失礼ね!」
フンとしてみたものの、美味しい食事に美味しいワイン、そして美味しいスイーツ......ここ数ヵ月で類はあたしを飼い慣らしてきた感がある。
良く胃袋を掴んだ的な表現を恋愛面では聞くけれど、まさにあたしはそうなのかもしれないとさえ思う。
「牧野がワイン好きだと知った時は嬉しかったよ」
初めてのデート?を思い出して笑う類のそれは、あたしが恋を自覚したあの笑顔で、まさかあの初デートの夜に既にあたしが類に恋に落ちていたなんて類は知るよしもない。
「あ...そう言えば...1階のワインショップって類がプロデュースしたお店だったんだね」
あたしがお気に入りで利用していると話した時に、それならそうと言ってくれたら良かったのに...と言えば、いちいち言う事でも無いからなんて...こんなところは控え目なんだよね。
そしてそんな控え目の類は今年初めてあのトスカーナのワインを販売した。
それは社内のみで試飲販売。
「類様のワインは完売だって。さすがだよね」
あの1階のワインバーには行列が出来た。
当初は無料試飲で適当に感想を貰えたら良いと言っていた類。
でも、せっかく感想を貰うならば試飲販売にしてみたらどうかと提案したのはあたし。
それもそうかな...とちょっと考えている様な雰囲気だった類は、数時間後にはワインに貼るラベルにアンケートサイトに飛ぶQRコードを作成していた。
そしてこのアンケートの返信率が高かった。
売れ行も良かったけれど返信率も良いなんてさすが類様のワインだとあたしは思う。
「オーガニック栽培に拘って良かったな」
手応えのあるSurveyに嬉しそうな類に、オーガニックだとか手摘みとか...確かにそれはそれで凄いけれど、類様のワインならなんだって完売、好評だったと思うと言うあたしに、「アンケートを勧めてきたのは牧野なのに何それ?」と不服そう。
でもここは真実を言うしかない。
「そのアンケート結果はあまり参考にならない」と。
「どういう意味さ?」
多少かわいそうだとは思う。
しかしあたしは言わなければならない。
秘書としても恋人としても。
「だって花沢専務の人気って凄いですもん」
「は?」
「長く続いていた派閥争いも、まさかのポッと出の花沢専務派によって終わりを迎えたのよ」
「はあ?」
我社に派閥争いがあったなんて聞いた事も無いと言う類に、我社の人間関係に誰よりも興味も関心も無かったから知らないだけでしょうと真顔で応えれば、少し絶句気味に言葉も無い様子である。
「大体なんだ、その...ポッと出って」
急に湧いて出て来たみたいな言い方をするなと睨んでくるけれど、ただただイケメン金持ちイケボの高身長と女性社員にキャッキャされていただけの控え目な御曹司様が、突然社員の意見を反映するかのような労働改革の指揮を執り、加えて仕事の効率化を重視したシステムの構築にアプリ開発。
「新勢力と言うか、新星力とか言われちゃって...」
最近では社報に寄せられた質問にも自ら回答をしたりもしているし、相談があれば社内の小さなプロジェクトにもアドバイスをしているし......。
「とにかく今は花沢専務派が最大派閥で向かうところ敵なし状態なの」
「どーでもいーよ」
呆れたように言う類に「どうでも良くないよ」とピシャリ。
「次期社長として大きな期待を掛けられてるんだからね」
「......」
「最大派閥の長としてしっかりね」
「......牧野ってそんな社内の政治に興味あったんだね」
「秘書課の必須だから」
「マジ?」
「マジ、です」
そんな事も知らんのかと言う思いで類を見てしまうのは仕方ないと思う。
秘書なんてそんなもの。
それが重役秘書ともなれば重要事項なのである。
正直言えば今までのあたしはまるでそんなものには興味が無かった。
今は類が類らしく仕事が出来る環境作りとして社内のパワーバランスにも目を光らせているのだ。
「これまでの俺は牧野の言う通り、日常生活を送る上で何にも興味も関心も無かったな」
ただ毎日を過ごして、与えられた仕事を卒なく熟していればそれで良かったから、周囲の事も自分の事もどうでも良いような気持ちでいたと類は続ける。
「でも今はいろんなことに興味があるよ」
微笑む類にあたしも微笑み返す。
「良い事だね」と。
「なんで興味あるかは聞かないの?」
「え?なんで?」
自分や誰かや物事に興味や関心を持つ事は大切だし良い事だねと言ったあたしは、類からの意外な返しに戸惑う。
「牧野が見ている世界を俺も知りたいからだよ」
「あ、あたしが見ている...世界...?」
類よりはるかに小さな世界しか見てきていないあたしの見ている世界なんてたかだか知れている。
何を言い出すのだと驚愕の面持ちで類を見てしまう。
「俺はその牧野が見ている世界の全てを感じたいんだ」
「......」
今度はあたしが絶句気味に言葉に詰まる。
そんな大層な世界をあたしは見ていないのだが......。
むしろどう考えても大きな世界を生きてきたのが類で、そこにいるのも類で、その世界をあたしに見させてくれているのが類。
「類...あたしの世界なんてちっぽけで安い世界だよ」
フッ......フフッ...アハハハハハハハ...!
「真面目な話をしていたつもりなんだけどな」と笑いを始めた類は、ついにはお腹を抱えてどう云う訳か爆笑。
類と親しくなって知った事の一つ。
笑いのツボが微妙。
しかも笑い上戸(引くほどの)
爆笑する類を見つめながら思う事はいつも同じこと。
あたし、幸せだな。
「全然、安くないよ」
まだクックッ...と笑いながら類がそう言ってあたしの頬を撫でる。
小さなキスが小さな音を立てて世界にこだまする。
「この世界は宝物だよ」
類の笑顔が綺麗で、これがあたしの宝物だと確信する。
「お金で買えないものだよ」
抱き寄せられて囁かれたその一言に、あたしのちっぽけで安上がりの世界が急に大きく広がって跳ねるように色を増していく感じ。
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編集 / 2023.05.29 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑
コメント
Re: タイトルなし
きょん!さま
類くん男らしくもなったでしょ?w
やはり一皮も二皮も剥けるわよね。男になるとね。
スルンとねw
幸せ感じて頂けて何よりです。
コメントありがとうございました。
類くん男らしくもなったでしょ?w
やはり一皮も二皮も剥けるわよね。男になるとね。
スルンとねw
幸せ感じて頂けて何よりです。
コメントありがとうございました。
[ 2023.05.30 17:18 | so | URL | 編集 ]